最近、研究者からマクドナルドのAI採用プラットフォームに脆弱性があり、6400万件もの応募者データが漏洩した可能性が指摘されました。AIの活用が急速に拡大する中、多くの企業が人事、カスタマーサービス、マーケティングなどの業務にAIを取り入れ、効率化や人手削減を目指しています。しかし、AIは強力な反面、ハッカーにとっては「データの宝庫」ともなり得るのです。
本記事では、この事件の詳細を解説するとともに、AIシステムに潜むセキュリティリスクを分析します。そして、企業が実施すべき多要素認証(Multi-Factor Authentication, MFA)やゼロトラスト(Zero Trust)といった防御策についても紹介し、情報漏洩を防ぐための対策を提案します。
事件の概要:わずか30分で突破されたマクドナルドのAI採用システム──6400万件の応募者データが流出
攻撃を受けたのはどのようなプラットフォームか?
今回の問題の中心となったのは、マクドナルドのために Paradox.ai 社が開発したAI採用プラットフォーム「Olivia(オリビア)」です。このプラットフォームは、応募者とのチャットや面接の日程調整をAIが自動で行う仕組みで、応募者が性格診断を受ける前に、連絡先情報や履歴書の提出を求める仕組みになっています。
この「Olivia」は、マクドナルドのグローバルな採用プロセスに広く活用されており、該当するWebサイトのドメインは「McHire.com」です。
ハッカーはどのように侵入したのか?
サイバーセキュリティ研究者のイアン・キャロル氏とサム・カリー氏は、6月30日にマクドナルドのバックエンドに対する侵入テストを行った際、驚くべき事実を発見しました。なんと、採用プラットフォームは「123456」という初期設定のユーザー名とパスワードでログインが可能であり、多要素認証(Multi-Factor Authentication, MFA)も設定されていなかったのです。
その結果、2人は「Paradoxのチームメンバー」として管理者権限でシステムにアクセスすることができ、応募者の個人情報をほぼ無制限に取得できる状態になっていました。
さらに深刻なのは、プラットフォームのAPIにIDOR(Insecure Direct Object Reference/不適切なオブジェクト参照)という脆弱性が存在していた点です。これは、URL内の応募者IDを変更するだけで、他のユーザーの個人データやチャット履歴を閲覧できてしまうというもので、取得可能な情報には、応募日時、希望する勤務シフト、性格診断の結果などが含まれていました。
流出した情報の内容
研究者によると、今回の脆弱性を悪用することで、以下の情報に簡単にアクセスできたとのことです:
- 応募者の氏名、メールアドレス、電話番号
- 応募した日時、職種、勤務地
- AIチャットボット「Olivia(オリビア)」との全対話履歴(質疑応答の内容や履歴書の詳細を含む)
調査チームの推計によれば、影響を受けたデータ件数は最大で6400万件にのぼると見られており、膨大な個人情報とプライバシーが危険にさらされている状況です。


企業側の対応は?
Paradox.ai は、研究者からの報告を受けた当日に脆弱性を修正したと発表しています。また、漏洩した個人情報は全体のごく一部に過ぎず、過去に第三者によって悪用された形跡はないとも主張しています。
しかし、業界関係者の間では、数千万件規模の個人データを扱うプラットフォームでありながら、「多要素認証(Multi-Factor Authentication, MFA)」が導入されていなかったこと、ブルートフォース攻撃(総当たり攻撃)への対策が不十分だったこと、さらには初期設定のアカウントがそのまま残っていた点について、大きな驚きと懸念の声が広がっています。
AIツールに潜むセキュリティとプライバシーのリスク
AIシステムは業務効率を大幅に向上させる一方で、セキュリティリスクの新たな温床にもなりつつあります。その主な理由の一つが以下です:
⚠️ 1. AIプラットフォームに大量の機微情報が集約されている
AIシステムには、氏名や電話番号といった基本的な個人情報だけでなく、履歴書や自己PR、応募者の嗜好、さらには性格分析といった高度なデータまで保存されることがあります。これらの情報は、クレジットカード情報以上に価値があるとされ、外部に流出した場合には以下のような深刻なリスクを引き起こしかねません:
- 標的型フィッシング攻撃(スピアフィッシング)
- なりすましによる不正口座開設
- ソーシャルエンジニアリングによる詐欺
- 内部詐欺(偽の人事担当者や面接官を装った攻撃)
⚠️ 2. API設計における一般的な脆弱性:IDOR
IDOR(Insecure Direct Object Reference/不適切なオブジェクト参照)とは、アクセス制御の設計不備によって発生する典型的な脆弱性の一種です。この脆弱性は、開発者が意図していないオブジェクトに対して、攻撃者が不正にアクセスできてしまうという問題です。
例えば、URLの末尾にある「ID=123」というパラメータを「ID=124」に書き換えるだけで、他のユーザーのデータにアクセスできてしまうといったケースがこれに該当します。
このような問題は、開発スピードが重視されるSaaS(サービスとしてのソフトウェア)やAIプラットフォームなどで、特に発生しやすいとされています。
⚠️ 3. 開発・テスト環境の脆弱性が放置されたまま本番環境へ移行
今回の件に関して、研究者たちはマクドナルドのバックエンドで使用されていた脆弱なパスワードが、テスト環境で使用されていた初期設定のまま本番環境に移行された可能性があると指摘しています。また、デフォルトのパスワードが変更されていなかったことも大きな問題です。
こうした事例は、多くの企業がSaaS製品を導入・運用する中で陥りやすい共通の課題であり、攻撃者からすれば「鍵のかかっていない玄関」に等しい状態です。
企業がAI関連のセキュリティリスクを軽減するには?5つの重要な実践ポイント
1. MFA(多要素認証)の導入を義務化する
多要素認証(Multi-Factor Authentication, MFA)は、現代のサイバーセキュリティにおける基本的な防御策の一つです。ユーザーIDとパスワードだけに依存するログイン方法では、ハッカーによる不正アクセスを防ぐのは困難です。
実装のポイント:
- 時間ベースのワンタイムパスワード(TOTP)やハードウェアキー(例:YubiKey)を活用する
- 社内の管理画面やAPIアクセスにもMFAを強制的に適用する
- 管理者権限を持つユーザーであっても、例外なく認証プロセスを通すようにする
2. ゼロトラストアーキテクチャ(ZTA)の導入
ゼロトラスト(Zero Trust)とは、「誰も信用せず、常に検証する」という考え方に基づいたセキュリティモデルです。社内ユーザーであっても無条件に信頼せず、アクセス権限を厳格に管理し、不審な行動を常に監視する仕組みであり、AIプラットフォームにおいて特に重要です。
導入のポイント:
- すべてのデータアクセスに対して、事前にユーザー認証とリスク評価を実施
- API呼び出しについても、ロールベースのアクセス制御とセッション検証を行う
- 「全権管理者(グローバル管理者)」アカウントは廃止し、必要最小限の権限(最小権限の原則)を各アカウントに付与する
「ゼロトラストを導入したいが、何から始めればいいかわからない」という企業も多いのではないでしょうか?
「Keypasco ZTNA(ゼットティーエヌエー)」は、ゼロトラストアーキテクチャに基づくセキュリティソリューションです。本製品は米国NISTやCISAの基準、そして台湾政府のゼロトラスト技術アーキテクチャを参考に設計されており、国家資通安全研究院の認証も取得しています。
Keypascoは、身分認証、デバイス認証、そして信頼推定技術を活用し、あらゆる企業や官公庁に対して包括的かつ強力なセキュリティ対策を提供することを目指しています。
- 身分認証:多要素認証のほか、FIDO U2FやFIDO2のソリューションを提供
- デバイス認証:端末の特徴やソフトウェア情報をスキャンし、Keypascoサーバーに保存してデバイス認証を実施
- 信頼推定:AIによる行動分析を通じてリスクを継続的に評価し、新たな認証をトリガー
Keypascoは各国の法規制や実務要件に対応しており、国内外の政府機関、金融サービス、医療機関、スマートビルディング、ハイテク産業などで導入されています。今後も企業のセキュリティコンプライアンス強化を支援し、さまざまな現場のニーズに応えてまいります。
3. サプライチェーンおよび第三者のセキュリティ監査を強化する
マクドナルドの件のように、問題はサプライヤーであるParadox.aiのプラットフォームで発生しました。このような事例を踏まえ、企業はAIやSaaSベンダーに対してセキュリティ基準を設ける必要があります。
監査のポイント:
- ISO 27001やSOC 2 Type IIといった認証の取得状況
- 多要素認証(Multi-Factor Authentication, MFA)やゼロトラストの対応状況
- セキュリティ問題の報告体制および違反時の処分規定
4. 脆弱性スキャンとバグバウンティ(脆弱性報奨金)プログラムの導入
多くのセキュリティ脆弱性は、自動化されたスキャンやホワイトハッカー(善意のハッカー)による早期発見が可能です。これにより、悪意ある第三者に先んじて問題を特定し、悪用を防止できます。
開発チームは「セキュリティをコードの一部と捉える」ことを基本原則とし、定期的なペネトレーションテスト(侵入テスト)、権限レビュー、APIテスト、パスワード監査などを実施するべきです。
4. 結論:AIは無敵ではない―セキュリティ対策はイノベーションとともに進めるべき
マクドナルドのAIシステムにおける情報漏洩事件は、世界的な大手企業であっても、「123456」という単純なパスワード一つで6400万件ものデータが危険にさらされる可能性があることを改めて示しました。AIツールの効率性は驚異的ですが、基本的なセキュリティ対策を怠れば、その代償は非常に大きくなります。
企業は今すぐに以下のポイントを実践すべきです:
- MFA(多要素認証)によるログインと権限管理の構築
- ゼロトラストセキュリティアーキテクチャの導入
- サプライヤーに対するセキュリティ監査の強化
- 定期的なペネトレーションテストとリスクスキャンの実施
- セキュリティ文化の推進と社員教育の徹底
これからのデジタル競争は、イノベーションだけでなく「信頼」と「安全性」をも競う時代です。セキュリティは企業の評判を守る最も重要な防壁なのです。